斎藤一人さんの言葉より

「諦める」というのは

自暴自棄になれということではありません。

ここで言う、「諦める」は

「明らかに眺める」ということです。

(斎藤一人)

諦めるの考え方について

 

日本語で「諦める」と言えば、

自分の思いや願いごとが叶わず

そのことへの思いを断ちきる、

忘れるということに使われています。

 

しかし、本来の意味を探ってみましょう。

諦観(ていかん、たいかん)

・・・つまびらかに見る

諦聴(ていちょう、たいちょう)

・・・つまびらかに聞く

このように、

「つまびらかにする」

「明らかにする」

と、いうのが本来の意味だそうです。

 

漢語の「諦」=梵語の訳語で「真理、道理」

を意味するようです。

 

「諦める」ことは

自分の夢や願望が達成できない理由を

明らかにして、納得して諦める

のであって、

そこには後悔や恨み節は出てこない。

 

物事の道理を明らかにしたうえで

納得して「諦める」ていることで

一般に使われている「諦める」とは

内容において、やや違いがあるようです。

 

「結婚」は人生の墓場だという人もいます。

 

日本の離婚率はといえば35%という

驚きの数字になります。

 

せっかくの縁を頂いて

ものすごいエネルギーを使って

時間とお金を使い、

友人、知人に時間とお金を

使わせたにもかかわらず

 

3組に一組が憎しみあったり

恨みごとを並べ立て

別れていきます。

 

ココには「諦め」の本来の意味は

ありません。

 

本来の意味の「諦らめ」を

結婚する前に知っていれば

こんなはずじゃなかった

とか

こんなことは知らなかった

なんて言葉は出てこないですよね。

 

また、結婚生活を理想の空想をして

現実とかけ離れた生活を夢見るのは

結構なことです。

 

でも、あくまで現実は現実です。

 

相手の見えないかったことも見えてきます。

お金の苦労もあります。

性格の不一致もあります。

子どもに対する教育方針や

相手の両親に対する接し方の問題も

あると思います。

 

様々な問題を

自分自分の考えで接するから

意見が対立するのです。

 

基本は「諦める」の考え方です。

 

最初に「明らかに見つめた」ことを

原点にして、相手を認めてください。

 

そうです。

 

結婚は墓場

 

ではなくて

お互いが協力し合ってつくる

「幸せな楽園」

です。

 

斎藤一人さんのお話の中に

「天国言葉」

というものがあります。

 

「愛しています」

「私はついている」

「うれしい」

「楽しい」

「感謝しています」

「しあわせです」

「あいがとう」

「ゆるします」

 

この8つの言葉を

毎日、口ずさんでください。

 

家庭は円満になり

夫婦仲もいつまでも

結婚当初と変わらずに

幸せになることでしょう!

 

くまちゅう